つどい場 ゆいまーる たみきのつぶやき

共生社会に何ができるか日々模索行動中

これが私ですけど、何か?

前回のブログから、気がつけば3ヶ月以上が経ってしまいました🙇‍♀️

その間、年も変わり2月も今週で終わるという

速さに💦  今年やりたいこと、早く取りかからなきゃと

あたふた あたふた  しております😅

 

今年は、ブロブ小まめに 更新したいですねー

道歩きながらでも、「これ書こう」と思い浮かぶことが多いのですが

気軽に書けないというか

内容と向かい合うと

ついつい、きちんと 内容も練ってから書こうとしているうちに

日にちが過ぎてしまうの 繰り返し

 

なので

少し つれづれ っぽくかけるようにしてみます!

 

以前から

大好きを公言している

イギリスのボーイジョージ💕

なんで、こんなに好きなのかと自分なりに分析してみました

(みなさんにとってはどーでもいいことでしょうが お付き合いください)

 

出た答えが、

『メークとおしゃれと、男の子が好きな僕ですけど、それが何か?』

って、自分の生き方貫いていて

それが、にじみ出ている生き方が大好きなんだと思います。

 

それは、私自身

『これが私の生き方ですが、それが何か?』

って言っていいんだということを

 

 福岡の純也さんというメンタルトレーナーとの出会いと

 ボーイジョージから

教えてもらっています。

 

みなさんも 自分の存在

「これが私ですけど、何か?」

って言ってみてください

元気がでますよ〜

 

 

 

 

 

友人の浩二くんのこと

私の友人の浩二くんは  就労支援もしている 学園の

作業所、カフェで働いている

浩二くんカフェのおすすめメニューは「牛すじカレー」

 

浩二くんと知り合ったのは  支援学校に行ってた頃なので

かれこれ 30年以上前になるのかなぁ

福祉まつりなどの時のカラオケコーナーで

👑戦隊ヒーローのテーマソングを熱唱していた姿が印象に残っている😆

 

それから 地域のボランティアサークルで 一緒に参加したり

☘️キャンプに行ったり

 

なんとなく〜つながり一緒にこの街で歳を重ねてきた

 

今は 携帯電話になって ショートメールでのやりとりも増えたけど

定期的に電話がかかってくる

 

特にイベント事の前(💕バレンタインとか)の

電話は この世の最後かと思うような暗く ホラーかと思うような声で

「自分には誰もくれる人はいない」😱という内容が一週間ほど続く

 

 今は 彼女ができて バレンタインの前のホラーは無くなったけど

(彼女さん ありがとう お願いねー😅)

 

 職場で嫌なことがあったり   楽しかったり  嬉しいことの報告や

 昔 子どもの頃 学校での辛かった事 思い出したり 誰かに聞いてほしい時には

 

電話をかけてくれる

 

浩二くんは 大学ノートに日記というか 毎日の出来事を綴っていて

地元のラジオにもリスナーとして リクエストやメッセージ投稿している

 

私が落ち込んでいたり 電話で元気がない時には 心配してくれて

「そんな時には  ラジオにメッセージ投稿したらいいですよ」

元気づけてくれる

 

浩二くんは 好きなアイドルがいたり ラジオの公開録音に出かけて

アナウンサーに会いに行ったり 

自分の楽しみを自分で 見つけていく そのバイタリティー

いつもすごいなーと思ってるよ

 

今日も電話があるかな

 

 

 

 

 

 

 

カルチャークラブと当事者研究

カルチャークラブ特にボーイジョージの考え方に

 興味関心というか  

大好きすぎて  元気をもらってる日々で

何で  こんなに魅かれるのか  自分でも分からなかったけど

 

『 FROM  LUXURY  TO  HEARTACHE 』のアルバムの中の

      『REASONS 』(リーズン)という歌詞を読んだ時

 

自然と涙が出てきて 魅かれる理由がわかった

 

それと同時に

今まで自分がずーっと抱えている

 

 生きづらさが何なのか

そして 今 やっと この抱えてる思いにどう向き合えばいいのか

いや もういいん加減  逃げないで  向かい合って 

 手放せるものに  さよなら告げたい と  思った

 

そこで 前から やってみようと考えてた 

当事者研究」自分を研究してみようと

 

そう思ったのは 両親への想いを

特に突然 この世からいなくなった

母親への感情を 整理してい作業は

 「問いかけ」ても

もうそれに答えてくれる相手がいない一人での作業は

あまりにも 孤独すぎて

どこかで  この感情に  区切りをつける必要があると

それは 私が 今からも生きていくために

 

 自分自身の今までのいろんな場面や  今も引きずってる思いに対して

「何でそう思ったのか」「それに対してどう対処したのか?できなかったのか?」

「現在の自分にどう影響しているのか」「 それに対して 今後どうしていくのがいいと思うのか?」

 自分が自分であるために 楽しみながら やってみようかな

 

 と  愛しのジョージの 歌声聴きながら  やっぱ いいね〜 💕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島のラーメン屋さんのおじちゃん

最近 時々ふっと 「あの おじちゃん どうしてるかな」と

思い出す。

広島の確か 段原町というまちの ラーメン屋さんのおじちゃん。

町名間違えてないかなぁと調べたら 

合併で 町名は 変わってしまったみたい…

 

高校生の時に 関わっていた「全国高校生平和集会」広島と長崎一年毎に

担当で開いていた集会。

いろんな高校生 全国から参加して 自分たちで考えて  企画   実施

高校一年生の時に 初めて広島での大会に参加。

 

地元の協力者の自宅に泊まらせてもらったり 「似島」の宿泊所で

みんなで語り合ったり 歌ったり

その途中で 長崎のメンバーでふらっと立ち寄った町の小さなラーメン屋さん

私たちが長崎からだと聞いて

おじちゃんは自分が 「引き揚げで 浦頭に着いた」と

確か話してくれたと思う。

浦頭に着いた後

広島でラーメン屋さんするようになったいきさつとか

話してくれたように思うけど

覚えてるのは

カウンター前に貼ってあった

広島カープのポスターと優しいおじちゃんだったなという事だけ

 

なのに  ふっと 思い出すんだなー

あのラーメン屋さんのお店の雰囲気

 

ゆいまーる 始めて 三ヶ月

何でもない日常を 淡々と こなすことの

大変さと すごさ

してみて  やってみて しみじみ 

ラーメン屋さんのおじちゃんのすごさが

ほんのすこしだけ

感じる事ができたからかな

 

オープンから三ヶ月たちました

6/29 のゆいまーるオープンから 三ヶ月 が過ぎました。

いつの間にか 朝晩涼しくなり 虫の音がする季節になって‥

 

その間 ブロブは 全く更新してなかった😅ので

 

ブログ読んでもらってた方の中には、その後のゆいまーる

どうなったのー🤣とお尋ねも頂きました。

 

また つれずれ つぶやいていきますので

どうぞよろしくです💦

 

それに ブログたみきのつぶやきが 富山のデイケアにぎやかの ゆかこさんブログの

おともだちリンクに載せてもらってますので そこからも読む事ができるように

なりました。

「にぎやかだ私」 で検索するとすぐ出てきますよ〜✨

 

なんだか 「うまくまとめよう」「きちんとした文章を書こう」と

ついつい思ってしまう 

一方で 素直に 感じたことを 裸の私で勝負していこう

と望む私がいて

 

でも いろんなものを脱ぎ捨てた人間 たなかみき  でどう勝負していくのか

やっと そう思えるようになりました。

つどい場 ゆいまーると 今後の展開についても ✨

 

そんな中、片思いですが 心の支えとなる 彼氏いや彼女⁉️ができ 

カルチャークラブの ボーイジョージですが😘

 

彼のすごさについては またゆっくり‥

 

 

 

 

 

父の日に父は旅立っていった

2年前の、父の日に、父は天国へ旅立った。

 

その日の午後、緩和ケア病棟の看護師さんが

一輪の黄色いカーネーションを花瓶に持って来てくださり

 

病室で過ごすものとしては、その気持ちがとても

ありがたかった。

 

その10日後に母も見送り

 

それからしばらく、無気力感におそわれた。

私は、何をしてきたんだろう。

福祉職、介護の職に携わり

自分なりに一生懸命やってきたつもりだった。

両親には、何もしてあげられなかった。

 

「あの選択でよかったのだろうか?」

2人の、終末期の治療方針についても

他に、もっといい方法があったのでは?

未だに答えは出ないまま。

心の底で後悔だけが残っている。

 

人と関わる仕事はもうできないと、したくないと思ったのに

もう一度、人と関わる仕事がしたいと思う自分がいる。

 

父の初盆の頃

緩和ケアで担当だった看護師さんからハガキが届いた。

 そこには、自分があれでよかったのか、力になれたのか?

考えています。といったような内容でした。

 

真摯に看護という仕事に取り組んでおられた

最期まで私たち家族に寄り添ってくれていたお顔を思い出す。

 

たぶん、看護も介護も

向き合えば向き合うほど

 

何が正解で、何が間違いなのかよりも

人が人として

どう向き合っているのかが

大事なのかもしれない。

 

「それでよかったよ」と自分にも

混乱した状況の中で、一番最善の選択ができたんだと

「よーくがんばったね」と言ってあげられるようになりたい。

 

 

 

おばちゃんパワー

両親がお店を営んでいた事もあり

店で働いていた 従業員のおばちゃんと

駅前にあった(と記憶してる)

しお湯の銭湯に入りに行ってた

 

しお湯では 海水だったのか

 

ことば通りの

しょっぱい塩味のお湯で

その他に覚えているのが

脱衣所に置いてあった水槽に

なぜか

ラニアが一匹いて

エサなのか 仲間食べなのか

金魚が食べられていた光景だけがおぼろげに浮かんでくる

 

 

なんで

いつも行っている美容室じゃなくて

商店街の

床屋さんで散髪することになったのか

 

できあがりの髪形見て

「こんな髪じゃ 明日学校に行けない」

お世話になってた親戚の家で

駄々をこねまくり

困った大人たち

 

そこにあの

しお湯仲間のおばちゃんが

駆けつけてくれた

 

その手に持参したものは

どう見ても

サザエさんに出てくるような

おばちゃんパーマの

クルンクルンの

 

カツラ

 

それを見た子どもがどんな反応したかは

想像通り

 

なぜか

大泣きした事は覚えているのに

次の日

どうやって

学校に行ったのかが

全く思い出せない